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おたより
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園だより

「立ち止まって見る」ことの大切さ

最近、職員が保育室に入るとき、出るとき、「立ち止まってまわりを見てから出入りする」ことを心がけるようにしています。

立ち止まるのはほんの少しの時間なのですが、やってみるといくつかの変化がありました。
「保育士同士で目が合うようになった。」「保育室にいる人も、出入りする人に目がいくようになった。」「子供とも目が合うようになった。」「子どもが落ち着きがないと思っていたけれど、立ち止まったら子どもが落ち着いて見えた。落ち着いていないのは私だと思った。」「子供たちの姿が見えるようになった。」「子どものけがが少なくなった。」など、やってみての発見はたくさんありました。なぜでしょうね。

大人はいつも用事をかかえています。「部屋に行って○○をする。」「今度は園庭に行って○○をする。」など、やらなければならないことをかかえていると、自分の心が用事でいっぱいになっていて、なかなかまわりを見る余裕がありません。少しの時間でも用事からはなれてまわりを見ることは、予想以上に、一緒に仕事をしている仲間や子どもたちとの心の交流を豊かにする効果があったようです。

私は、自分が小学校で学級担任の仕事をしていたころのことを思い出しました。机の前に座っている私のところに、ノートを持った子供たちがまるをつけてもらいに並んでいます。列が長くなると待つ時間が長くなって悪いと思い、私は必死にまるをつけています。気が付いてみると、私は子どもの顔を全く見ていませんでした。まるをもらってにっこりしたり、まちがえてがっかりしたり、子どもは色んな顔を見せてくれているのに。

ミヒャエル・エンデという人の「モモ」という作品には、「無駄な時間をなくして時間を貯蓄しましょう。」と人々を説得する「灰色の男」というキャラクターが出てきます。私たちは、意識して努力しないと、自分が灰色の男になってしまうのかもしれません。

拍手のつながり

もう一つ、これは今年度ずっと職員がこころがけてきたことに、「子どものいいところを見つけて拍手してほめる、それを聞いた人もいっしょに拍手する。」ということがあります。これも、やってみていくつもの発見がありました。

まず、部屋にいる大人も子供も、拍手が聞こえてきた方に目をやるようになったのです。
「何があったんだろうね。」などという会話も生まれてきました。拍手をきっかけにして部屋の中にいる人のつながりが生まれてきたのですね。そして部屋の雰囲気が、温かいふわっとした感じになってきました。

先生たちはどんなときに拍手しているのか、聞いてみました。「片付けをしてくれたとき」「作っていたものがしあがったとき」「今まで部屋を走っていた子が、しっかり歩くようになったとき」「友達におもちゃを渡してあげたとき。」

特別なことではなく、保育室の中で毎日起きていることが多いですね。だから拍手する機会もたくさんあるし、拍手してもらう子どもの数も多くなるのでしょう。

朝早い時間などには、部屋に保育士は一人か二人ということもあります。そういうとき、拍手が保育室から聞こえてくると、事務室で仕事をしている職員もいっしょに拍手するようになりました。「何かわからないけど、子どもがいいことをしてほめられているから私もうれしい。」という拍手ですね。少ない人数で保育をしている先生には、「その場を共有してくれる人」を感じとれて心強かったそうです。

「子供たちにはどんな影響があったんでしょう。」と聞くと「〝ありがとう〝という言葉が増えた。」と答えてくれた先生がいます。これも、人のつながりを、目に見えるかたちで表すようにしたことから生まれたのかもしれません。

作品を通した交流

もう一つ、今年度の保育の特徴として、子どもの作品の展示のしかたがあると思います。今までより作品を飾る場所が増え、子どもの視線に近いところになりました。飾られている作品を見ると、大人の見方だけでなく、子どもの「これを飾ってほしい。」「これを一生懸命作ったんだよ。見て。」という気持ちが伝わってくるような気がします。飾られるまでも、飾られてからも、作品についての会話が(大人と子ども、子どもと子ども、大人と大人のどれも)増えたのではないでしょうか。

「子どもの視線に近い」ということは「触れることができる」ということでもあります。「触れることができないからこわれない」のではなく、「触れられるところにある作品を大事に見る」ことができるようになってきました。大人が飾ったお雛様も、子どもが触れられるところにずっと飾ってあっても、小さなものもなくなったりしません。作品を通しても、心の交流が豊かになってきたと思います。

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